プロレス至近距離の真実―レフェリーだけが知っている表と裏
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裏話 |
所謂「暴露本」ではありません。
プロレスファンの「暗黙の了解」を、
「やっぱりそうだったのかぁ」と
納得させてくれる、そんな1冊です。
著者はこの本以外に2冊の文庫本を書き認めていますが、
発行年月日順に、つまりはこの本から読んでから
残りの2冊を読む事をお勧めします。
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レスラーの人間性をほのぼのと表現した秀逸本! |
例の”流血の魔術〜”とはまったく趣が異なります。突っ込みの足りないあたりさわりのない内容である理由は、本著が書かれた時期にもよります。つまり著者がレフェリーとして現役であったからということに他なりません。しかし、内容はユーモアが随所にあふれてスパイスも効いており、読み物としても秀逸です。お互いの体をぶつけ合い痛みを伴うプロレス、その中で生まれる人間対人間の微妙なからみあいが本書ではエピソードとして紹介されています。中でも、傍若無人にふるまう身勝手な一レスラーを袋だたきにしてしまうレスラー連中の痛快さ、ここにはよき時代の体育会系(暴力は肯定しませんが)のノリで、異国の巡業を楽しく乗り切ろうとするレスラーたちの裏話も満載されており、リラックスした気持ちで一挙に読破してしまいました。
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真剣勝負って? |
著者は新日本プロレスでレフェリーとして数万試合を裁いたことが売り。
この著者の本としてはこのあとに刊行した『流血の魔術 最強の演技』が非常に有名。
その本ではプロレス界のタブー「プロレスの勝ち負けは事前に決まっている」を
暴露してかなりの話題になった。
この本はその以前に書かれた本でギリギリのところでタブーにタッチしていない。
プロレスについて興味深いのはその特殊性。
常にいろいろなテーマについて考えさせられる。
八百長と真剣勝負
プロとしての観客との接し方
人間の生き方
王道と覇道
その他数限りないテーマがアタマの中をぐるぐるまわる。
いつかそれらをまとめたいと思う。
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一気に読みました。 |
私は往年のプロレスファンでありこの本に出てくる選手は全員知っています。プロレスは一つのショーであり八百長と知りながらそれでもファンは夢を描いてテレビに釘付けになるのです。それでいいのです。体を鍛えて技を磨きそれでも一部の人間しか華やかな舞台の主人公にはなり得ない。それは一般社会の縮図であり我々となんら変わるところはありません。レフリーとしてのミスター高橋だからこそ垣間見れる一個の人間のマット上での夢舞台。私はこの本を読んで本当によかったと思っています。ますますプロレスが好きになることは請け合いです。
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この本もプロレスそのものじゃないかな |
祖父はプロレスを八百長と割り切り、水戸黄門を見るように見ていた。祖母は本当の殺し合いと区別ができなかった。とくにタイガー・ジェット・シンを憎み、「あんな奴殺したったらええのに」とよく言っていた。私は、プロレスは八百長でも喧嘩でもなく、真剣勝負で本気の戦いだと思う。しかし当然それは「本気で戦ったら誰が一番強いのか」などという意味での「本気」とは違う次元にある。その辺を判っていない人が多いのではなかろうか?
本書は豊富なエピソードで一気に読ませる優れた本である。この種の本は真偽において非常にいい加減なものが多いが、新日本に居ながら語られたジャイアント馬場への思慕、猪木を最強だとは思っていないらしい語り口は、著者が少なくとも、誠実であろうと最大限の努力!!!している証拠だと思う。しかし、猪木vsホーガン戦や前田vsアンドレ戦の真相については、これを読んでもやはり判らなかった。一方、ブルート・バーナードが実は誠実な心をもった古いタイプの格闘家だったことは、この本で初めて知った(幼い頃に見た彼は格闘家ですらない、単に恐怖の対象であった)。
私がもっとも印象深く思うのは、p.343-348に語られた件である。私がプロレスから離れた理由は、まさにそこにある。「本気」の意味を取り違えたファンと、それを拒めないレスラーたち。著者が言うように、プロレスのあるべき姿について、真剣に考える時期が来ていると思う。

